フラノの日記その2 なしくずしに旅立ち、続


 ミイスの村に辿りついた私達を待っていたのは……想像通りで、想像以上の光景だった。
 平和とか退屈を絵に描いたような村のあった場所は、災禍という名の朱に塗りこめられている。降り注ぐ火花や横たわる熱した材木などに気をつけながら、私達は村の最奥へとひた走った。神殿に辿りついた私達は、すぐに嫌な予感が的中したことを知った。森で出会った女が、そこにいたから。
 女は人知を超える力を使うのか空中に浮揚していて、眼前に私達の父が持ち上げられていた。私達の姿を認めた女はいやらしく口の端を持ち上げ、お兄様を見やった。
「『闇の神器』は、やっぱり貴方の家にあったんじゃない。でもお家の人たち、どうしても私にゆずってくれないって言うもんだから……みんな殺しちゃった」
 あっさりと言う。女の浮かぶ足の下には、神殿を守っていた衛兵や、巫女達の動かぬ身体が転がっている。誰も彼も、私と毎日のように顔を合わせ、言葉を交わしてきた人たち。彼らは、もう、起き上がらない。
 あなたのせいなのね、お姉さん。……やだ、私、多分怒ってるわ。
 目が合った女は心底楽しそうに目を細めて、目の前に浮かぶお父様に向けて手を伸ばした。
 刹那の出来事だった。
 私が事を理解する間もなく、父の身体は炎に包まれて、その場から消えてしまった。
 そう、消えてしまった。
 燃え尽きたとでもいうのか。灰の一片も落ちてこないのに。何も無かったかのような空間があるだけなのに。
「うふふ……私の名はアーギルシャイア。破壊神の円卓騎士が一人、こころをなくすものと呼ばれているわ」
 聞きたくも無い自己紹介をありがとう。よく覚えておくわね。
 お兄様と一緒に、剣に手をかける。すると女は手を広げる動作を見せ、次の瞬間、虚空に闇の渦が巻いたかと思うと、見たことも無いくらい、巨大なバケモノが姿を現した。
 不自然に長い首、のっぺりしてる癖に分厚そうな皮膚、両の手のかわりについている大きなはさみ。
 あれも、魔物なの? あんなの、文字通り刃が立たないんじゃない……?
 あっけにとられる私を尻目に、女は空中で身を翻すと、もうひとつ小さな闇の渦を呼び出して、その中に姿を消した。
 残されたのは、目の前に立ちふさがる巨大な魔物。殺気のかたまりとでもいうようなそれは、今にも襲い掛かってきそうで、私は抜きかけた剣を解き放とうと、掌に力を込めた。
「……フラノ、ここは私が食い止める。お前は残った村人を避難させるんだ!」
 既に愛刀の『日光』を抜き放っていたお兄様が、私に怒鳴った。
 滅多に無い、お兄様の強い語調が、私の頭に冷静さを取り戻させる。
 でも、でもお兄様。確かに私は何の役にも立てないけれど、あいつの相手はお兄様だって……
「大丈夫だ。私が嘘をついたことがあったか? 兄を信じろ」
 お兄様の言ったとおり、お兄様が私に嘘をついた事は無い。そして、私がお兄様の頼みを断った事だって、一度たりともない。それは、これからも。
 私は頷くしか出来なくて、振り返りもしないで、地面を蹴った。


 村の入り口の広場にたどり着くと、生き残った村人達が、魔物に道を塞がれて立ち往生していた。
 ここで奴らを退けなければ、何のために逃げてきたのか分からない。私は足を止める事無く剣を抜き放って、魔物たちにむけて振り下ろしす。
 それを何度か繰り返す内、やがて害なすものはすべて排除されていた。
 村人達に神殿が襲われたことを伝え、逃げるように指示を出す。後続がないとも限らないから、私は彼らの最後の一人が森に消えるまで、炎上する村を背後に、その場に立ち尽くした。